My Story

なんで、治る人と治らない人がいるんだろう。
その問いを追いかけた先にあった、
驚くほどシンプルな答え。

僕には、ずっと解けない問いがありました。

「なんで、治る人と治らない人がいるんだろう」

同じ施術をしている。

同じ時間をかけている。

同じだけ心を込めている。

なのに、治る人と、治らない人がいる。

その答えを追いかけた先に、

僕は「神様の道」と出会いました。

そしてその道の中で、

自分自身の傲慢さや弱さと何度もぶつかり、

お金も尽き、心も折れかけ、

「死んだ方がいいんじゃないか」

とまで思い詰めた夜もありました。

それでも、一つずつ扉を開け続けた先に、

驚くほどシンプルな場所がありました。

これは、その旅の記録です。

【第1章:なぜ、施術の道へ】

僕の父は、整体師です。

物心ついた頃から、

家には体の不調を抱えた人たちがやってきて、

父がその人たちに触れて、

痛みを和らげている姿を見て育ちました。

父は、神仏の道にも深く関わっている人で、

お祈りや神社仏閣が当たり前にある家庭。

「目に見えるもの」と「目に見えないもの」の

両方が、ごく自然に隣り合っている環境でした。

・・・ただ、正直に言うと、

子供の頃の僕は、

その環境が嫌で仕方なかったんです。

サッカーをしていて

「ちょっと足痛いわ」と言えば、

「それ霊障やな」と返ってくる。

熱が出ても、「霊障やな」。

体のどこかが調子悪くなっても、「霊障やな」。

霊障、波動、守護霊、神様、仏様。

そういう言葉が、

日常会話の中に当たり前に飛び交っていました。

小さい頃からずっとそうだったんで、

「ここには絶対、自分は足を踏み入れたくない」

と思っていました。

もう一つ、強く心に刻まれていたのが、

「お金がない」という現実でした。

決してどん底の貧困というわけじゃなかったんです。

でも、「お金がない」という言葉は

ずっと聞かされて育ちました。

クリスマスの朝。

友達の間ではポケモンのゲームが大人気で、

僕もずっとそれが欲しかった。

みんなと一緒に遊びたかった。

でも、プレゼントを開けたら、

入っていたのはドラゴンクエストのシール。

全然欲しくなかったものが、そこにあった。

サッカーをやっていたから、

スパイクも必要でした。

友達はいいスパイクを履いている。

でもうちは、

「お金がないから、この中から選んでね」と。

今思えばどうでもいいことかもしれない。

でも、子供の頃に刻まれたものって、

無意識の深いところに残るんですよね。

欲しいものを買ってもらった記憶もあるはずなのに、

なぜか「叶わなかった方」ばかりが

心に残ってしまっていた。

父のような、

目に見えない世界に関わる仕事では

お金に苦労する。

だから自分は絶対に、

お金を稼げる人間になる。

バリバリ数字で勝負する世界に行く。

そう強く思っていました。

————

だから、大学受験の時も、

施術の道なんて考えてもいなかった。

とりあえず経済学部かな、くらいの感覚で、

関大と同志社と国公立を受けました。

でも・・・不思議なことが重なるんです。

関大の受験は、

なぜか前日に熱が出て、

フラフラの状態で試験を受けて、落ちた。

同志社は、

ABCで答えなきゃいけない問題を、

なぜか123で答えてしまった。

自分でも意味がわからない。

そんなミス、人生で一度もしたことがなかったのに。

2日間の試験の初日にそれをやらかして、

2日目の朝に同級生との会話で気づいた時には、

もう手遅れでした。

国公立は、センター試験でA判定が出ていたから、

絶対いけると思っていた。

でも、蓋を開けてみたら想像以上に難しくて、

それも落ちた。

全部、落ちたんです。

今振り返ると、

まるで「そっちじゃないよ」と

何かに止められていたような気さえします。

特にやりたいこともなかった。

経済学部も、

「とりあえず」で選んだだけだった。

そんな中で、残された道が、

鍼灸の専門学校でした。

実は鍼灸の大学にも受かっていたんです。

でも、学費が出せなかった。

お金がないから、

大学じゃなくて専門学校に行くしかない。

ここでもまた、

「お金がない」が僕の道を決めた。

子供の頃からずっと聞かされてきた、あの言葉。

そのお金のコンプレックスは、

専門学校に入ってからさらに膨れ上がりました。

「絶対に金持ちになってやる」

その思いだけが、どんどん強くなっていった。

・・・でも、結局。

父と同じ「人の体に触れる仕事」の世界に、

僕は足を踏み入れていたんです。

絶対にこうはなりたくないと思っていた、

父と同じ道を歩き始めていた。

当時はそのことに気づいてもいなかったけれど、

今思えば、あの全部落ちた受験も、

お金がなくて大学に行けなかったことも、

全部、ここに導かれるための道だったのかもしれません。

————

鍼灸の学校で資格を取り、卒業。

周りの同期はみんな、

鍼灸院や整体院、

スポーツトレーナーの現場に進みました。

でも、僕は少し違う道を選んだんです。

ドラッグストアへの就職。

「なんでそこ?」と、何人にも聞かれました。

体を施術する技術はある。

でも、薬がどう作用して、何が効いて、何が効かないのか。

そこまでわかった上で施術できたら、もっと深いところに手が届くんじゃないか。

体のことだけじゃなくて、薬の知識も持った施術者になりたい。

遠回りに見えるかもしれないけれど、自分の中では、ちゃんと筋が通っていました。

————

しかし、そこで出会ったのは、

想像とは全く違う現実でした。

ドラッグストアの隣には調剤薬局が併設されていて、処方箋を持ったお客さんが毎日やってくる。

でも、顔ぶれが、ほとんど変わらないんです。

先週も来た。その前の週も来た。

まるで日課のように、同じ薬を受け取って帰っていく。

「もうちょっと良い薬、ないですかね?」

一度や二度じゃなく聞かれました。

でも、成分を見れば大きくは変わらない。根本的に何かが改善しているわけでもない。

毎週毎週、同じ人が来て、同じ薬を、もらっていく。

でも、良くなっている様子がない。

もちろん薬が必要な場面はたくさんある。

急性のもの、緊急のもの。薬がなければ命に関わるケースだってある。

でも、慢性的にずっと調子が悪い人たちが、

何ヶ月も何年も、同じ薬を飲み続けているのを目の前で見て、

「薬の先」にあるものを探さなきゃいけない、

という思いが、どんどん強くなっていきました。

じゃあ、薬の手前にあるもの・・・

つまり、「体そのもの」に直接触れる道に進もう。

もともと鍼灸の資格は持っている。

父の背中も、ずっと見てきた。

体に直接触れて、筋肉や関節の状態を整えることで、薬では届かなかった層に手が届くかもしれない。

そう思って、ドラッグストアを辞め、整体院の現場に飛び込みました。

【第2章:治せない壁、そして神の道へ】

整体院では、来る日も来る日も患者さんの体に向き合いました。

確かに、良くなる人はいた。

「先生のおかげで楽になりました」

そう言ってもらえる瞬間は、嬉しかった。

でも、ここでも同じ壁にぶつかったんです。

同じ施術をしているのに、治る人と、治らない人がいる。

症状も似ている。通う頻度も同じ。

なのに、片方はどんどん良くなっていって、もう片方は、なかなか変わらない。

一人ひとりの生活を丁寧に聞いていくと、食事の内容、睡眠の質、日常の姿勢やクセ。

「施術の外側」にある要素が、回復に大きく影響しているのが見えてきました。

体だけを診てもダメなんだ。生活全体を見ないと、根本は変わらない。

でも、ここからが一番の謎でした。

食事も同じ。睡眠も同じ。生活習慣にも大きな差がない。

なのに、治る人と治らない人がいる。

何人もの患者さんと向き合う中で、ようやく気づいたことがありました。

体の状態と、心の状態は、切り離せないんだ、ということ。

例えば、ずっと職場のストレスを抱え込んでいる人は、どれだけ施術しても肩の緊張が取れない。

家庭の中で我慢し続けている人は、胃の不調が繰り返される。

体の症状なのに、原因が心の中に埋まっている。

心理面を理解しないと、本当の意味で人を楽にすることはできない。

そう確信して、コーチングや心理学を猛烈に学び始めました。

実際、心理面からアプローチすると、体だけでは変わらなかった人が動き始めるケースが出てきた。

やっぱりそうだ。心と体はつながっている。

・・・でも、

それでも、まだ治らない人がいた。

体も整えた。心にも寄り添った。

生活習慣も一緒に見直した。

なのに、変わらない人がいる。

僕は当時、とにかく手を動かしました。

2018年頃は、日曜日のほとんどを

技術セミナーに費やしていました。

東京まで出向くこともあった。

お金なんてなかったから、

リボ払いで借金してでも行った。

毎回カツカツでした。

あるセミナーの主催者からは、

こんな課題を出されました。

「患者さんの記録を取りなさい」と。

こういう声掛けをしたら、

患者さんにどういう変化があったか。

こういう施術の入り方をしたら、

どういう反応が返ってきたか。

それを半年間、一人ひとり、記録し続けました。

言葉掛けと結果。施術の順番と反応。

一つずつ検証して、

何が効いて何が効かないのかを、

自分の手で確かめていったんです。

それだけじゃなく、

患者さんの不調を自分の体で「もらう」

ということもやっていました。

当時の僕には、こんな信念があったんです。

「苦しんでる人がいるなら、

自分はそれ以上に苦しまないといけない」

「相手の闇を解放するには、

自分がどっぷりその闇に入らないといけない」

だから、患者さんの症状を

わざと自分の体に引き受けていた。

今思えば、おかしな話です。

でも当時の僕は本気で、「俺はもらってるんだ」

「お前らの症状なんて、俺は全部体験済みだ」と、どこか暗い誇りすら感じていた。

・・・でも、そうやって

自分を痛めつければ痛めつけるほど、人生はどんどん苦しくなっていったんです。

体は重くなる。気持ちも沈む。

「もらう」ことが正義だと信じていたから、苦しいのは正しいことなんだ、と

思い込んでいた。

結局、

それは相手を救うことにはなっていなかった。

ただ自分が消耗していただけだった。

技術を磨いても。

記録を取り続けても。

自分の体を犠牲にしても。

まだ、治らない人がいる。

しかも、本人が「普通」だと思っていることの中に、

実は原因が隠れていたりする。

本人にとっては当たり前すぎて、

疑いすらしない部分。

そこに気づけないと、

どれだけ施術しても届かない。

薬でも、体でも、心でも、

自分の身を削っても、

まだ届かない場所がある。

今の自分の物の見方だけでは、足りない。

もっと別の角度から

人を見る目が必要なんじゃないか・・・。

————

その思いが膨らんでいた頃、ふと、子供の頃の記憶が蘇ってきました。

父が神社やお寺に通い、手を合わせていた姿。

あの頃は何も考えずに見ていたけれど、

父は、体だけじゃなく、もっと深いところから人と向き合おうとしていたんじゃないか。

そしてもう一つ、忘れかけていた記憶がありました。

21歳の時、父の繋がりで大阪・北浜のカフェに呼ばれて、「先達(せんだつ)」と呼ばれる方に出会ったこと。

先達とは、神仏の修行において、その道を先に歩き、後進を導く案内人のような存在です。

「あなたはどっちの道に行きますか?」

と問われて、2つの道が示された。

厳しい修行を重ねていく道と、穏やかに自分のペースで歩む道。

当時はまだ神様の世界に深い関心があったわけじゃなく、父に勧められて来た、くらいの温度感でした。

だから自然と「穏やかに自分のペースの方で」と答えた。

でも、なぜかそこから修行の日程が決まり、奈良のお寺で初めての滝行を経験しました。

不思議だったのは、修行の前日になると必ず体調を崩すんです。

発熱、下痢、嘔吐。

でも当日の朝になると、ピタリと止まる。

先達の方に話すと、

「神様のエネルギーに体が馴染むまでは、そういうことが起きるものですよ」と。

子供の頃は正直、よくわからなかった。

「やらされてる感」が強くて、毎月の伏見稲荷の修行も、朝5時に起きて通うのも、

面倒だなという気持ちが先に立っていた。

でも、今振り返ると、

あの時に体で覚えた感覚・・・

理屈じゃなく、肌で何かを感じ取る力。

言葉にならないけれど、確かに「ある」と感じるもの。

それは、嫌々ながらでも通い続けたからこそ芽生えたものだったと思います。

整体院に転職してからは、仕事の忙しさで修行から離れていました。

でも、「治せない壁」にぶつかり続ける中で、あの頃の感覚が蘇ってきたんです。

今度は「やらされる」んじゃなく、自分の意志で、もう一度あの世界に向き合いたい。

ちょうどその頃、ある先生との縁がありました。

その方が、神仏の道についてこう語っていたんです。

「神様に委ねることが大事ですよ」

「自分のエゴじゃなくて、委ねた方がいい」

「委ねることで、いろんなことが動き出しますよ」

苦しみの中で求めた道だったからこそ、

「委ねる」という言葉が、すっと胸に入ってきた。

ここから、僕の「神の道」が本格的に始まります。

・・・ただ正直に言うと、

当時の僕の「委ねる」は、まだ本物じゃありませんでした。

どこかで、期待していたんです。

この力を借りれば、もっとうまくいくんじゃないか。

もっとお客さんに喜んでもらえて、結果的に売り上げも上がるんじゃないか。

純粋な探求心と、自分本位な期待が、ごちゃ混ぜになっていた。

それが後に、僕を深い苦しみの中に突き落とすことになります。

【第3章:苦悩と葛藤】

整体院での仕事は、もう一つの苦しみを抱えていました。

リピート率90%以上。回数券の成約率も90%以上。

達成できなければ詰められる。

技術で喜んでいただいて、その結果としてリピートが増えればいい。

純粋にそう思っていた。

でも現場で求められたのは、トークスキルと数字の報告。

そして、ここで不思議なことが起こるんです。

上司に言われた通り、リピート率を上げるための戦略を練って、忠実に実行した。

・・・なのに、売り上げが上がらない。

逆に、数字のことを一切考えず、ただ目の前のお客さんに向き合った時には、

自然と紹介が増えて、売り上げが上がった。

決定的だったのは、「辞めます」と上司に伝えた後でした。

もう評価されなくていい。数字を気にしなくていい。

最後まで、目の前のお客さんに誠意を尽くそう。

そう思った途端に、リピート率が跳ね上がった。

自分のために力むと、止まる。

目の前の人のためだけを考えると、動き出す。

不思議でした。

でも、はっきりと、体で感じた。

そうして2020年、コロナ禍の時に独立しました。

しかし、独立後の3年間は、人生で一番しんどい時期でした。

お金が全く回らなかったんです。

「来月の支払い、どうしよう」

毎日、それだけを考えていました。

朝、目が覚めるのが怖かった。

1日が過ぎるということは、

支払いの期日が1日近づくということだから。

寝るのも嫌だった。

明日が来てほしくなかった。

弁護士に相談して、

自己破産か債務整理か、どちらにしますかと聞かれた。

奨学金は1年間、支払いを止めてもらった。

国民年金も、払えないから停止。

テナントの賃料、リース料、全部が重なって、

崖っぷちのギリギリを3年間、綱渡りしていた。

独立する時は、正直「絶対いける」と思っていたんです。

独立したら月50万、100万は稼げるだろう、と。

でも、全然稼げなかった。

教わる師匠もいない。

無料の情報や安い教材を集めて、一個一個、自分で試して、結果を検証する。

それを繰り返すしかなかった。

サラリーマンに戻るのだけは絶対に嫌で、その執念だけで走っていました。

最初はコーチングで独立して、途中から「ビジネス系の方が儲かるんじゃないか」と方向転換するも、全くうまくいかない。

「もう利益を追うのは辞めよう」と切り替えて、

もうええわ。

お金なんていらん。何もいらん。

もう、死ぬなら死ぬでいい。

好きにやったれ。

そう思って、SNSで発信し始めたんです。

それまで隠していたこと。

神様の話。霊的な世界の話。

自分が修行で体験してきたこと。

「こんな話、誰にも受け入れてもらえないだろう」

とずっと思っていた。

でも、開き直って全部出したら、

想像もしなかったほど反応があった。

共感してくれる人が、こんなにいたんだ、と。

そこから売り上げが立ち始めた。

・・・よし、この勢いで今度こそ仕組みを作ろう。

そう思った瞬間に、また止まる。

何回繰り返したことか。

整体院時代と全く同じ法則。

自分のために動くと、止まる。目の前の人のために動くと、流れる。

わかっていても、やめられなかった。

2018年に「神の道に行く」と決めたくせに、頭の中はいつも、「自分がいかに儲けるか」「自分がいかに満たされるか」そんなことばかり。

今思えば、神様から何度も何度も「そっちじゃないよ」とサインを送られていたんだと思います。

でも、当時の僕には見えていなかった。

神仏の修行を続け、整体の世界でも経験を重ねる中で、

僕はもう一つの苦しみとも向き合うことになりました。

それは、「自分自身の中にある危うさ」です。

修行の世界では、最初は全員、いい心で始めるんです。

でも、目に見えない世界のことがわかるようになってくると、自然と自信が膨らんでいく。

それ自体は、悪いことじゃない。

でも、その自信がいつの間にか「自分が正しい」「自分が特別だ」に変わって、気づかないうちに周りが見えなくなっていく人を、何人も見ました。

自分に同意する人ばかりを集めて、別の意見を受け入れられなくなって、最終的に孤立していく。

整体の世界も、同じような課題がありました。

技術に自信を持つこと自体はいい。

でも、その自信が過信になると、お客さんの声よりも自分の判断を優先してしまう。

年数を重ねるほど、自分のやり方を変えられなくなっていく。

目の前の人を見ることより、自分の正しさを証明することが優先されてしまっている状態。

「自分もこうなるんじゃないか」

その恐怖が、常にありました。

なぜなら、自分の中にも同じ種があることに、気づいていたからです。

僕も、目に見えない世界のことが感じ取れるようになってきて、お客さんから「すごいですね」と言っていただく機会が増えた。

ありがたいことです。

でも、その言葉を聞くたびに、どこかで「自分はすごいんじゃないか」と思ってしまう瞬間がある。

流しているつもりでも、心のどこかに引っかかってしまう。

「ああ、またか」と反省する。

この繰り返しは、今でも続いています。

多分、一生かけて向き合い続ける課題です。

独立して3年。

がむしゃらに走り続けて、ようやくお金が入り始めた頃のこと。

「もう大丈夫かな」

そう思った瞬間に、糸がプツンと切れるように、エネルギーが尽きたんです。

「何が何でもお金を」と走ってきたのに、手に入った途端、

「次、何がしたいの?」が、

何もなかった。

えげつない空虚感が、襲ってきました。

その中で、僕はこんなことを考え始めたんです。

「自分は、死んだ方がいいんじゃないか」

今思えば、完全におかしくなっていた。

自分が死ねば肉体がなくなる。肉体がなくなれば、どこにでも飛べる。お客さんの家にだって行ける。だったら今死んだ方が、お客さんのためになるんじゃないか・・・。

自分でも何を考えているのか、わからない状態でした。

でも、どこかで、冷静な自分が踏みとどまった。

「これは、危ない」

もう少し、地に足をつけて生きよう。

ここが、僕の人生で一番深い谷底でした。

【第4章:出会い、そして器が澄んでいく】

谷底から上がるために、まずやったのは、死生観を学ぶことでした。

アウシュヴィッツのドキュメンタリーを見たり、極限を生き抜いた人たちの記録を読んだり。

壮絶な環境の中でも心が折れなかった人たちは、何を支えにして生きていたのか。ひたすら探りました。

少し、楽にはなった。

でも、根っこにある空虚感は、まだ消えなかった。

・・・そんな時に、ある先生ご夫妻を紹介されました。

長年、目に見えない世界を深く探求されてきた方。

ご自身の師匠から受け継いだ教えを、体現されている人たちでした。

初めてお会いした時のこと。

その先生が僕にこう言ったんです。

「あなたは、こういう風に世界を見てるよね」

「こういう感覚で、人の体を捉えてるよね」

・・・全部、当たっていました。

僕がずっと、誰にも説明できなかったこと。

見えている世界。感じていること。

言葉にしようとしても、伝わった試しがなかったこと。

この先生は、それを、当たり前のように言語化してくれた。

「でも、こうするともっと良くなるよ」

と、その先まで示してくれた。

その瞬間。

何かが、ふっと解けたんです。

分かってくれる人が、いた。

ずっと、「自分の見ている世界は誰にも伝わらない」と思っていました。

「どうせ理解してもらえない」

という卑屈さが、ずっとつきまとっていた。

でも、この人たちは見えている。

僕が見ている世界を、同じように見ている。

「居場所が、見つかった」

ホッとした。

ただ、ホッとしたんです。

それだけのことだったのに、

そこから不思議と、「必要以上に頑張る」という力みが消えていきました。

この先生に出会ってから、

僕はようやく、なぜずっと苦しかったのかが見えてきました。

薬で治せないなら体で。体で治せないなら心で。心で治せないなら目に見えない世界で。

その探求は、間違っていなかった。必要な道だった。

でも、その根底にずっとあったのは、

「自分が」治してやろう、「自分が」何とかしてやろう、「自分が」認められたい、

という力みだったんです。

自分のエゴ、利己心、「すごい存在でありたい」という欲。

それが、器の中にぎっしり詰まっていた。

その詰まりが、全部を止めていた。

・・・

僕はよく「器」の話をするんです。

うまくいかない人、何をやっても流れない人っていうのは、一個一個に「引っかかっている」人だと思っていて。

相手の言動に引っかかる。社会の出来事に引っかかる。天気にすら引っかかる人もいる。

その引っかかりが多いほど、詰まって、しんどくなる。

じゃあ、なんで引っかかるのか。

シンプルに、器の問題だと思うんです。

器がちっちゃくて、中に色んなものが詰まっていると、何でも引っかかる。

でも、器が大きくて、中が空っぽで澄んでいたら、全部、すうっと通り抜けていく。

僕がずっと苦しかったのは、器の中に、エゴも利己心も、「自分が満たされたい」という渇望も、ぎゅうぎゅうに詰め込んでいたからでした。

それを一つずつ手放した時に、器の中が少しずつ、澄んでいく感覚がありました。

結果への執着。人からの評価。「こうなりたい」という力み。「自分がすごい」と思いたい気持ち。

一つ手放すたびに、器の中が少し軽くなる。視界が少し、クリアになる。

そして、器が澄んでいくほど、目の前の人が、よく見えるようになったんです。

自分のことで頭がいっぱいだった時は見えていなかったものが、見えるようになった。

この人は何に困っているのか。この人が自分でも気づいていない、本当の原因はどこにあるのか。

器を空にするほど、目の前の人の「本当の声」が聞こえてくるようになった。

そして、もう一つ。

器が空っぽになっていくほど、不思議と、自分が満たされていったんです。

何かを手に入れたから満たされたんじゃない。

手放したから、満たされた。

未来のことを考えても仕方ない。将来どうなるかなんて分からない。

「今日1日、何をやるのか」

「今日出会う方に、何ができるのか」

それだけを考えて、内省しながら、一歩ずつ進む。

死への執着も、生への執着も、消えたわけじゃないけれど、すごく薄くなった。

「どんな死に方でも別にいいかな」と思えた時に、

ふっと、自由になった感覚がありました。

何をやっていても幸せ。

何が起きても、目の前の人には全力で向き合う。

その覚悟さえあれば、他のことは、自然と流れていく。

【第5章:今、僕がしていること】

今、僕は受講生の皆さんに伝えていることがあります。

「頼まれ事はやる。委ねる。

この2つでいきましょう」

・・・でも、この言葉にたどり着くまでには、

長い迷走がありました。

独立してから、

人生を変えたくて、

自己啓発、スピリチュアル、心理学を

猛烈に学びました。

「自分の使命は何だ」

「天命は何だ」

「才能は何だ」

いわゆる「自分探し」を、

やりまくったんです。

でも、何もわからなかった。

探しても探しても、答えが出ない。

そんな中で、ふと思ったんです。

「人からの依頼を、ありがたく受けてみよう」と。

自分でハンドルを握って、

「こっちだ」「あっちだ」と

前に進もうとしてきたけれど、

それを一回やめて、

「はい、わかりました」

と、来たものを引き受けてみたら、

ストレスがなくなるんじゃないか。

何がきっかけだったか、

正確には覚えていないんですけど、

とにかくやってみたんです。

来る依頼を、片っ端から引き受けた。

好き嫌いで選ばずに、全部こなした。

すると、不思議なことが起きました。

周りの人が、

「あなたって、こういう才能あるよね」

「こういうところ、すごくいいよね」

と言ってくれるようになった。

そして気づいたら、

自分が活躍できる環境に、

勝手に導かれていたんです。

自分探しをしている間は、

何も見つからなかった。

でも、人からの依頼をただ引き受けていたら、

自然と「自分がいい」と思える場所に立っていた。

これが真髄だ、と思いました。

そして、もう一つ気づいたことがありました。

頼まれ事をこなしまくった結果、

「人が一番大事だ」ということに、

心の底から気づいたんです。

目の前のお客さんと関わって、

大事にしていれば、

お金に困るわけがない。

その実感が、

子供の頃からずっと抱えてきた

お金のコンプレックスを、消してくれました。

ポケモンが買えなかった記憶も、

スパイクを選べなかった記憶も、

「金持ちじゃなきゃクズだ」と

思い込んでいた自分も、

人と向き合い続ける中で、

少しずつ溶けていった。

「委ねる」という言葉も、

簡単に手に入ったものじゃありません。

2017年、2018年の頃から、

なんとなく「委ねることが大事だ」とは感じていました。

でも、怖かったんです。

当時の僕は、

ネガティブな思考がベースだったから、

「委ねたら、もっと状況が悪くなるんじゃないか」

と思っていた。

だから、委ねたいのに、委ねられない。

その恐怖を打ち破ってくれたのは、

一冊の本でした。

執行草舟先生の著作の中で、

「魂は、尊いもののために捧げろ」

そういう趣旨の言葉に出会ったんです。

読んだ瞬間に、

「これだ」と思った。

行け、と。

もう捧げてしまえ、と。

そして、委ねてみたら・・・

めちゃくちゃ楽だったんです。

いろんな葛藤があったのに、

委ねてしまったら、嘘みたいに軽くなった。

未来のことを考える必要がない。

過去にとらわれる必要もない。

「今」だけがある。

なんて穏やかな世界なんだ、と思いました。

ただ、「委ねた」と思った後にも、

何度も引き戻されそうになりました。

SNSをやっていると、

どうしても数字を見てしまうんです。

再生数がいくつだとか、

フォロワーが増えたとか増えてないとか。

ひどい時は、5分に1回見ていた。

そのたびに、

「これじゃダメだ」と自分が情けなくなって、

執行先生の本を開いて、

「そうだ、そっちじゃない」と

自分の意識を引き戻していました。

未来じゃない。

数字じゃない。

今だ。今。今。

何度も何度も、

そうやって自分に言い聞かせて、

少しずつ、

数字への執着を手放していきました。

今は、SNSを1日に2、3回しか開きません。

当時の自分とは、別人です。

だから僕は、

受講生の皆さんにも言うんです。

「頼まれ事は、引き受けましょう」と。

好き嫌いで選ぶと、可能性が縮小する。

それは僕が、どん底の時代と、

そこを乗り越えた後に、

身をもって知ったことです。

金銭面で大きな借金を背負うようなことは別ですけど、

基本的に、来たお願い事は引き受ける。

やったらやりっぱなし。

「こんなにしてあげたんだから」とか、

「見返りがあるはずだ」とか、

そういう期待は手放す。

あとは、委ねる。

結果は、考えない。

不思議なことに、

そうやって生きていると、

自ずと道は開けていくんです。

自分のために動くと、止まる。

目の前の人のために動くと、流れる。

この法則を、

僕は10年以上かけて、

自分の体で、何度も何度も確かめてきました。

もう、疑いようがないんです。

そして、もう一つ。

僕がいつも伝えているのは、

「器の大きい人に出会うこと」の大切さ、です。

その人の空気感、佇まい、

言葉の奥にある温度。

触れた瞬間に、

「自分はなんでこんなちっちゃいことで

悩んでいたんだろう」

と気づかされる。

そういう出会いが、器を広げてくれる。

そしてその出会いは、

来るべきタイミングに、来ます。

全てを委ねて、

目の前のご縁を一つひとつ大切にして生きていると、

ある日ふと、

必要な人が目の前に現れる。

目の前のその人を大事にすること以外、

やることなくないですか、って、

逆に、僕は思っています。

まだそういう出会いがないという方には、

本を読んでほしい。

最近のビジネス書や

トレンドの自己啓発本じゃなくて、

明治や昭和初期の人たちの生き様、

古事記や日本神話、

聖書の中のキリストの生き方。

理想の生き様そのものが刻まれている

そういう本を読んでほしい。

器の大きい人にまだ出会えていなくても、

本の中で、出会えるんです。

「こんなふうに生きたい」

と思える存在に。

僕自身、

新約聖書に深く心を動かされましたし、

執行草舟はほぼ全部の著作を持っています。

好きになった人の全てを知りたくなる。

出しているもの全部、読みたくなる。

そこから得た「憧れ」が、

自分の器を広げてくれた。

「この人みたいになりたい」

という内側から湧き上がる気持ちが、

日々の行動を変えてくれたんです。

あなたとのこのご縁も、

きっと意味のあるものだと、

僕は信じています。

***

最後まで読んでくださり、

ありがとうございました。

僕がこの活動を通じて

一番伝えたいことは、

「自分で考えて、自分で動ける人」が

一人でも増えてほしい、ということです。

誰かに依存するんじゃなくて、

自分の足で立って、

自分の頭で考えて、

自分の意志で歩いていける人。

そういう人が増えたら、

この世界はもっと良くなると、

本気で思っています。

P.S.

もし、僕の考え方や生き方に

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「人生が止まるときに必ず起きていること」

「委ねる恐怖を乗り越える方法」

「お金と循環の法則」

「嫌な人が目の前に現れる本当の理由」

「ありのままの自分を神様は評価する」

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